彼女たちは走るために生まれてきた
ウマ娘の生殖方法は謎に包まれている。
何故、ウマ娘は皆人間の女性のような姿のものしかいないのか。
オスは存在するのか、どの生物と子孫を残すのか。
卵を産む、種子によって新たな個体を増やす。そんな説まで飛び交っているが、誰もその真実を知るものはいない。
そして、レースにて優秀な成績を残したウマ娘は、担当トレーナーもろとも行方不明になる場合が多い。
_____20XX年、一月XX日
「ふふっ…トレーナーさんとの温泉旅行、楽しみです。」
このウマ娘は数々のG1レースを制し、今世紀の競バを最大級に盛り上げてくれた。
また、トレーナーとの相性抜群で息ぴったりな様子からは、月刊トゥインクルに『一心同体、まるで兄弟のような名コンビ』などと取り上げられるほどに注目されていた。
「この前の有馬記念での君の走り、もうほんっとに凄くてさ、観客席で思いっきり泣いちゃったんだよね…!」
「あはははっ、トレーナーさんらしい〜!」
レース中の悪魔のような表情からは想像できない無邪気な笑い声が車内で響いた。
「この3年間、色んな事がありましたね…。何だか、あっという間でした!」
「実は自分もそう思っていたんだ。君と一緒にいると楽しくて、時間が早く進んじゃうような感じがする!」
「トレーナーさん。旅館に着いたら、今度はあっという間ではなくてゆっくりお話ししましょうね。」
3年間で流した汗と、涙と、血の分だけ、2人は笑い合った。
トレーナーとウマ娘を乗せた車は温泉旅館に到着した。
早速、御目当ての温泉に入ることにした2人。
湯気の中、2人は楽しそうに話していた。
「これからもずっと…トレーナーさんと一緒に過ごしていきたいな…。」
湯に浸かりぽかぽかと温まった体の中で、そんな想いが生まれていた。
温泉から出て、豪華な料理を腹いっぱいに食べ尽くしたあと、今までの思い出を語り合い、そのまま眠ってしまった。
2人が寝てから1時間ほど経った頃、
「トレーナーさん…。」
自分を呼ぶ声を聞いたトレーナーは、とても信じられない光景を目の当たりにした。
ウマ娘の右腕が、大きな針状に変形している。
その針のような右腕をトレーナーの体に刺した。
「……?!………?」
言葉にならない様子のトレーナー。
それに対し、ウマ娘は冷静に話す。
「トレーナーさん、また、新たな夢を生むときが来たようです。」
訳の分からない状況に混乱し、泣き始めるトレーナー。
それに続けて、
「これは、レースで多くの人々に夢を見せ、トレーナーとのかけがえの無い絆を築いたウマ娘にのみ許された行為…。」
「これが、ウマ娘の本当の走る理由です。」
刺し込まれた針から液体が注入されるにつれ、意識の薄れてゆくトレーナー。
この時、2人は本当の意味で『一心同体』となる。
トレーナーは意識の無いまま、誰の目にも付かない場所へ辿り着き、そこで再び安らかに眠った。
一年後の春、トレーナーだったものを破り、新たなウマ娘は這い出てきた。
奇跡の2人が生んだ、夢と絆を背負って。
彼女たちはまた、走るために生まれてきた。